38gのいちにちひとつ、いいこと。

ちょっぴり繊細で、やさしいことがだいすきなふつうのひと、38gのまいにちの日記です。

だいすきな神さまがいるということ。

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こんにちは。38gです。

 

以前の投稿から、大分時間が経ってしまいました。

相変わらず、私はぼちぼちと地球環境のことを考える生活を実践しています。

 

…でも。

 

盛大な言い訳ですが…

今はフルタイムで働いています。

限られた時間で、ブログ記事もいわゆるネタ切れ。笑

 

更新自体も疎かになっていたので、

いっそ、趣旨ごと変えちゃいます。

 

私が、

「すてきだな」「やさしいな」「いいはなしだな」「こんなことを思ったよ」

ということを、書いていきたいと思います。

 

新しくなった38gのブログを、どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

 

●今日のいちにちひとつ、いいこと。

それは、「自分が好きな神様に感謝する」ことです。

(スピリチュアルの様に、ちゃんとした話じゃないですよ!笑)

 

私は、お日様が大好きです。

晴れている日は、とってもとっても幸せな気持ちになります。

だから、私はお日様の神様が大好きです。

 

大好きな神様がいると、心が軽くなるんですよ。

 

 

 

●そもそも神さまってどういう存在?

さてそもそも。

神様はあなたにとってどういう存在ですか?

 

私は大好きな神様がいるだけで、無宗教です。

人によっては、決まった神様を信仰してその教えを守る生活の方もいるでしょうね。

とてもすてきなことだと思います。

 

ほとんどの日本人は、クリスマスを祝って、除夜の鐘を聞いて、初詣に行って…八百万の神様なんて言葉も有る。

近所にちょっと行けば、お寺がある。神社がある。教会があるところも。

それくらい、神様ってハッキリした定義もなく、すぐそこにいてくださる存在だと思うんですよね。

 

私もそうです。

なんとなく、ものには神様が宿るから、丁寧に扱わないといけない。

なんとなく、手を合わせてお守りくださいと祈る。

天の神様の言う通り。

そんなふうに捉えていました。

 

そして、何かの宗教に縋りなさい、お布施をしなさい、そうすれば幸せにしてくださる、なんて私はいいません。

(幸せになるんじゃなくて、自分を幸せにするために選ばなければならないんです。)

 

 

 

●神さまを好きになったワケ

私の神さま概念は、数年前から、ちょっと変わりました。

私は常々、母から

「何にでも感謝をしなさい。何かいいことが起こった時、自分の手柄だけでなく、色々な存在に感謝しなさい。」

と言われてきました。

 

昔の人のいう、迷信みたいな教えですよね?笑

私もまあ、そう言われたからそう思っとくか、くらいのノリでした。

 

でも(ちょっとおかしなことを言いますが)、神様は私たちのことを本当に愛してくれています。

半泣きになりながら何とか生きようとする自分を優しく見守っている神様のイメージが、いつも私にはあるんです。

 

私がそう思ったのには、きっかけがありました。

 

 

 

●きっかけの話

数年前、私はすごく冷たい職場で働いていました。本当に辛くて、苦しくて、涙が止まらない。自殺まで考えていた私が、最後に縋ったのが神さまでした。

 

「神様、お願いですから、お願いですから助けてください。どうかあたたかいところにつれて行ってください。そうしたらきっと頑張ります。これ以上冷たい場所でがんばらせないでください」

 

そう私は神さまに泣きついたのです。

 

自暴自棄になって、転職した先の仕事でもすごく辛いことがあり、すぐにやめてしまいました。

何回か絶望は続きましたが、でも。

悲しくて辛い、冷たい職場環境から、あたたかい人たちがあたたかい保育指針を掲げる、すてきな保育園に巡り合うことができました。

 

仕事は今も決して楽ではありません。日々、子どもたちのためにどうしたらいいかを考えて、自分にできることをやってみる。失敗する。の毎日です。

でも、そこには「チャレンジしたい」「子どものために」と言う強い気持ちがあり、それを受け止めてくれる環境があります。

しんどさの種類が全然違うのです。

 

そこで私は、「ああ、神様っているんだなあ。私の課題とは何かを教えるために、あえて苦しい道を歩かせていたんだなあ」

と、とても神様の愛を感じたのでした。クソ苦しかったけど(ドM)。

 

 

 

●私が行うべきだったこと

神さまが私に伝えようとしていたこと、それは。

「自分の意見を言いなさい」

だったと思います。

 

昔から、私は第一子なので、兄弟に何でも譲りがちでした。

幼稚園の劇は悪者の役でかまわない。

特に執着がなく、わがままを言わない。そんな子です。

 

しかも、大学に入るとディベートなんかをします。

自分の意見を言うと、否定される。否定される、否定される。

 

ああ、自分の意見なんて、もういいや。

面倒臭いや。どうにでもなってしまえ。

 

私はそうして、いつの間にか自分の意見を言わなくなっていったのです。

 

ずるい人が、自分の過ちを私にふっかけてきても。

意地悪な人が、子どもをからかって笑っていても。

自分が本当は間違っていると気づいていることがあってもね。

 

でもそんなの、間違っていますよね。

今なら分かります。

 

絶望の只中にいた私は、自暴自棄になっていました。

だから、最悪な職場の最悪な人に、とことん噛みつき、自分の意見をいいました。

おかしいことはおかしい、といいました。

 

そうすると、いつの間にか、自分のいる場所はあたたかくすてきな場所になっていました。

 

今も、自分の保育感と他の先生の保育感が違うと思った時には、素直に意見を言っています。

そうすると心の綺麗な人は、ちゃんと差異を整理して、折り合いをつけて、私の意見も尊重してくれるのです。

 

私は、相手の立場も尊重しながら、「自分の意見を素直に言う」と言う課題に、今でも取り組んでいます。

 

 

 

●それからの私

それから、私は神様に本気で祈る様になりました。

「神様、いつもありがとうございます。今日も世のため人のため自分のために、一生懸命頑張りますので、その姿見ていてください。」

と言って家を出発すると、すてきな一日になるのです。

 

いやな事があっても、辛くても、誰もわかってくれなくても、神様だけはわかってくれている。許してくれている。

 

目標や誰かのために頑張ることはとても素敵ですけど、本当に苦しかったら、逃げてもいいんですよ。

「これはできません。そのかわり、これは頑張ります。」と切り替えたらいいんです。

生き続けることをやめなければ、神様はきっと何か道を用意してくれますよ。

 

 

 

●神さまに感謝しよう!

そう思うことって、本当に驚くくらい、心が軽くなります。

あなたは愛されています。

なんの神様でもいいです。

神様に愛されている!!という大きな自信を持ってください。

誰が愛してくれなくても、絶対に神様はあなたを愛している。

 

その思いが、あなたの行く道を明るく楽しい方へ照らしてくれます。

 

 

………。

こんな重たい話を毎日するんだろうか?笑

需要がなくても、楽しいので更新頑張ろうと思います。